コンサルタントの心無いココロ

経営コンサルタントの端くれです。日々ふと思うことを徒然に書き留めます。

おわっさぼった!!

気がついたら一週間以上サボってしまいました。年末の追い込みで少々忙しくしていたもので・・・。続けるっていうのは大変なものですね。

某新聞で住宅購入にかかるリスクについて書くことになった。ミサワの粉飾決算に続いて、姉歯の判決も出たし、さらには国土交通省のサンプル調査で7%のマンションが耐震強度不足との結果も出た。あまりに思い当たることがたくさんありすぎて、少し整理しなければ。正月休みにゆっくり考えるとしよう。

それにしても、最近住宅業界コンサルタントになりつつある。決して業界特化型で勝負したいとは思っていないのだがなぁ・・・。
  1. 2006/12/29(金) 02:12:18|
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住宅業界の再編

本日、二つ目の記事だ。他に差し迫ってやらなければならないことがあるというのに、これは逃避行動に他ならない、と自嘲しつつ・・・。

本日某新聞社の記者に戸建住宅業界の再編に関して意見を求められたので、そこで答えた内容をかいつまんでメモしておきたい。なお、これは業界構造を踏まえた私見です。これを元に投資判断しても、私は責任取れませんので、あしからず!!

結論として、ハウスメーカーの再編は、原則としてないと思う。戸建注文住宅は労働集約産業である。大手なら社員の5割は営業マンであり、それが一番の資産だ。他に工場があったり、モデルハウスがあったりするが、一番重たいのは人的資産だ。

一方、注文住宅市場は年々縮小している。野村ホーム・三井ハウスという中堅どころが会社をたたみ、撤退するほどに。住宅メーカーにとって頭が痛いのは、社員の数に見合った市場の規模がなくなっていることだ。従って、できることなら人間を減らしたいというのが本音だろう。

このような状況にあって、他社を買収することは何の意味もない。それは減らしたいはずの人間だけが増えることになる。合併して、工場・商品の統合により合理化を合理化を計っても合併効果は出ない。

A社が3万棟、B社が1万棟販売しているとしても、それはデザイン・特徴などが異なるからその数なのである。A+B社の社員が全員でA社の商品を販売したとしても、売れるのは3万棟ちょぼちょぼだろう。住宅メーカー各社はそのくらい市場を刈り尽くしている。

従って、住宅メーカーのM&Aには何の意味もない。それゆえ、再編もないだろうというのが私の見立てだ。あるのは、パナホーム・旭化成のようなグループ内の再編整理くらいだろう。

もっとも、産業再生機構の傘下に入ったミサワホームをトヨタ(トヨタホームを販売)が支援したという事例はあるにはある。これは、人不足、販売チャネルの未整備という弱点を何十年も抱えており、なおかつ、本業では使い道に困るほど利益を上げているというトヨタならではの事情によるものである。M&Aで販売チャネル・人を確保しなければならないハウスメーカーが他にあるとは、およそ思えないのである。

一方、分譲戸建だが、これもあまり何かがあるとは思えない。分譲事業の一番の難しさは土地の確保である。その能力に長けた人間をヘッドハンティングすれば済むので、会社丸ごと買収する意味は感じられない。

規模の拡大はかえって目立って、反対運動などで叩かれることに繋がる一方で、利益率の改善にはならないので、合併メリットも想定しがたい。一建設を中心とする有力パワービルダーが、複雑な資本関係で繋がりつつも、表向きはまったく無関係の会社であるかのように装っていることから考えても、そのように思える。

そんなわけで、来年も住宅業界は平穏に、粛々と縮み続けるであろう。
  1. 2006/12/19(火) 21:19:30|
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なにが百貨店をダメにしたのか?

一頃の苦境は脱したというものの、百貨店業界は相変わらず順風満帆とは言い難い。例によって日経新聞だが、本日の朝刊12面に紳士服専門店(アオキ・コナカなど)に関する記事があった。その記事自体はどうでもよい。それに添えられていた紳士服の小売市場規模のグラフが問題だ。それによると1900年以降、市場は4兆円弱から3兆円弱まで約1億円縮小している。しかし、専門店は横ばいかやや上昇。百貨店は一貫して減少傾向だ。これを見て百貨店をだめにしたモノについて、ひとつ思い出したことがあったので書き留めておく。

既に何年か前、まだ景気が悪かった頃、某百貨店の紳士服売り場での出来事。イージーオーダーのコーナーで私が布を物色している横に別の客がやってきた。私よりも少し若かっただろうか・・・。彼と店員との会話。

客「イージーオーダーってどういうことなんですか?青山とかアオキと何が違うのでしょう?」
店員「まずは生地を選んでいただきます。これなんかはいかがでしょう?これはイギリスの〜〜〜のもので、ナントカカントカ・・・」
客「えっ?いや・・・。うっ・・・」

結局、この客は逃げるようにして売り場から立ち去っていった。多分二度とここには来ないだろうし、慣れ親しんだ紳士服専門店(アオキなど)からイージーオーダーの世界に入ろうと試みるのは、次は何年後であろう?

懸命なる皆様はとっくにお気づきだろうが、この店員は極めて大きな間違いを犯している。客の質問に対して的確に応えなかっただけでなく、その気持ちを踏みにじっている。

紳士服専門店に慣れた若い客にとって、百貨店の売り場に踏み込むのも少しばかりの思い切りが必要だっただろう。上記の質問には「自分はいつも安いツリモノしか買ったことがない」という事実からくる恥ずかしさも感じられる。」「もしかしたらイージーオーダーは予算に合わないかも知れない。だったら恥ずかしいなあ」という不安も感じられる。にも関わらず、彼は思い切ってこの売り場に踏み込み、店員に話しかけた。これは私自身も通った道なので、彼の気持ちは手に取るように想像できた。

このような客に対して、この店員はまったく優しさがない。不安を解消することも、恥ずかしさをフォローすることもできていない。もちろん、自分が扱っているものの特徴を的確に説明することはできていない。その代わりに百貨店の紳士服売り場を使い慣れた人に接するのと同じパターンに、この客を無理やり乗せようとした。典型的な売り手都合主義だ。

40代以上のサラリーマンであれば、過去(ずいぶん過去かも知れないが)に百貨店でスーツを作った経験がある可能性が高い。彼らが新入社員だった頃にはまだ紳士服専門店が今ほど多くなかったからだ。しかし、私も含め、30代以下は就職活動時のスタート地点からして、アオキ・コナカ・青山だった可能性が高い。そういう消費者にとって、百貨店の紳士服売り場は未知の世界である訳で、当然敷居も高い。

上記の接客は、百貨店がこのような敷居をまるで解消できていないこと、それ以前に、顧客にとって敷居が高いことをまったく認識できていないことの典型的な証拠であろう。これでは新しい顧客が獲得できるわけがない。既に獲得した客が退職するにつれ、顧客ベースを失うだけだ。

顧客がどういう人で、何を感じているのかを考えるという顧客志向/顧客思考の基本を踏み外した結果が、冒頭のグラフに結果として現れている。私は、紳士服専門店のツリモノよりも、百貨店のイージーオーダーの方が絶対お得だと思っている。専門店ではサイズによって自動的に狭められた選択肢の中から、我慢して選ばなければならない。生地・色・形いずれの点でも満足の商品にはめったに出会えない。イージーオーダーはそのようなフラストレーションがまったくと言って良いほどない。そういう点で、百貨店紳士服売り場の零落は商品の問題・価格の問題ではない。むしろ、自分の扱い商品の特徴を的確にアピールできない、コミュニケーションの稚拙さの影響が大きいと思う。

紳士服専門店は回転すしと似ている。どちらの業態も必ずしもお買い得とは思えない。ともに従来分かりにくく、敷居が高かったものを、分かりやすく、安心して入れるようしたことで成功している。百貨店はいい加減そういうことを学んだ方がよい。そして、それは全てのビジネスパーソンに当てはまることであろう。

  1. 2006/12/19(火) 20:40:33|
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コンプライアンス違反は割に合わない

この週末、ミサワホーム九州が未完成の住宅を完成したことにして、売上高の水増しをしたとのニュースが、朝日新聞の一面を飾った。

連結売上3846億円(2006年3月期)の企業が、年4〜7億円の売上を水増し・・・。たった0.10〜0.18%!!というか、そんなもん端数にしかならない。私もたった今3800億の企業と書きかけたが、そういう言い方ではばっさり切れてしまう程度の金額だ。そんな数字を水増ししてどうなるのか?にもかかわらず、その結果として負ったブランドへのダメージは計り知れない。

私自身も住宅の営業マンをしていたから、年末のこの時期ミサワホームの社員がどのように動いていたか、想像に難くない。契約書を持って客先を訪れ、そこで初めて朝日新聞を突きつけられ、追い返された営業マンもいるだろう。あるいは、記事の出る前日、土曜日は大安だったから、多くの契約が締結されたことが想像できるが、そのうちいくつかは翌日に解除になったことだろう。営業マンがそこの辿り着くまで、どれほど苦労したかを考えると、なんとも哀れである。社員のモチベーション低下という損失も大きいだろう。

このようなことをつらつら考えるにつけ、コンプライアンス違反は本当に割に合わないことが良く分かる。一昔前は、電機メーカーが決算の時期だけ問屋に商品を押し付け、期があけると返品として引き取るなんていうのは当たり前だったが、隔世の感もある。

ところで、今回改めて認識したのは、住宅は引き渡して初めて売上計上ができるということ。言われてみれば、ゼネコンは確かにそうなってまさ〜ね。しかし、私がいたSハウス(業界首位の企業です)では、当時社内竣工検査が完了した時点で売上計上していました。今はどうなっているんでしょう???

社内検査時点なんてのは、こまごました工事は終わっていないし、もちろんクリーニングも済んでいません。引き渡せっこない状態です。(そもそも社内竣工検査に行ったという人を見たことがないので、そんなものが行なわれているのかも定かではないのだが・・・)。ということは、売上の水増しという点では、ミサワと変わらないんじゃないかと、少なくとも当時はミサワと同じことをしていましたね。

私の担当現場でも、施主が「3月引渡しでいい」というものを、無理やり期末の1月に完成させ、売上計上し、引渡しまで1ヶ月以上寝かしておいたことがありました。やばいんじゃないかなぁ・・・。このネタを朝日にタレこんだら、どうなるんだろうか???

それにしても、少しはモノの分かった投資家は、建設業者は売上より、受注残高・未完成工事残高を見ると思いますがね。その方がよほど確実な先行指標でしょう。もっとも、住宅の受注残高なんてのは、それこそ怪しげな水増し契約の巣窟のような気もするが・・・。
  1. 2006/12/19(火) 02:28:49|
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御社の社風は?

「御社の社風は?」というのは、採用面接の際に学生が訊く質問のベスト10には必ず入っていると思う。かく言う私も大学4年の頃、色んな会社にOB訪問をして、何度この言葉を口にしたか知れない。しかし、考えてみればこんな愚問はないとも考えられる。特に、一つの会社にしか勤めたことのない相手に対しては・・・。

今日(というのは例によって昨日のことだが)、職場で3〜5年目の若手社員3人が社内で出産祝いを贈るための相談をしていた。彼らの所属するグループは、若い男ばかりが集まっており、しかも(従って?)相当の変態集団である(私は断じてお仲間ではない)。そんなグループ内で贈られる結婚祝い・出産祝いがどのようなものかは推して知るべし。そもそも、そのようなイベントのたびに買出しに行く先が秋葉原と決まっているのだから、今回も出てくるのはナニヤラ妖しげなアイディアばかりである。

そんな彼らがアイディアに詰まって、隣のグループの女子社員に意見を求めた。こちらは今年入ったばかり、グループも、性別も違うので、彼らの変態性に染まってもいない(もっとも、違う意味で‘面白い’のだが)。

さて、変態男3人に「●●さん(これは男性)の出産祝い、何か良いアイディアない?」と訊かれた彼女の答え・・・。

「●●さんを通じて、その奥さんに行くものだから・・・。
 ひぇええ〜〜(口癖。別段深い意味はない。)
 でも、おもちゃと衣類は贈るもんじゃないと言いますしね・・・。
 ああ、お風呂上りに使うガウンとか、どうですかね?」

至極まっとうな、というか常識的な回答である。出産祝いは奥さんに贈るもの、相手の喜ぶもの・役に立つものを贈るもの・・・これが彼女のまわりの普通の考え方であり、発想の出発点。秋葉原を発想の起点とし、お祝いは、宴会の場で贈ったものを披露する瞬間のエンターテイメント、贈られた側の困った顔を見てその場にいる人皆を喜ばせるためのものという考える変態男たちと、彼女は全く違うところに立っている。

これはどちらもアリだろう。それはいい。

眼の前で展開されるやりとりでとても興味深かったのは、頭の中に出来上がっているいつもの習慣、常識、あるいは普通だと思っていることが、人によってかくも違うという事実だ。変態男達も、新入社員の彼女も、それぞれ相手のような発想は、全く持っていない。出てくるアイディアはあくまでその常識に根ざしている。それがある環境に慣れる、浸るということである。

そこで、冒頭の社風の話につながる。一つの会社に浸って、それが普通だと思っている人、しかも転職の経験がなく、他の会社を知らない人(その昔、私が訪問したOBは皆そういう人だったのだが)に対して、「御社の社風は?」と訊いて、的確な答えが得られるだろうか?(反語)

その延長で考えれば、社内の常識、業界の常識、日本の常識など、色んなものに我々は縛られているのだろうと思う。我々が乗り越えられない問題も、違う立場の人から見れば全く違う発想が出来、意外なブレークスルーができるかもしれない。

・・・と、そんなことを考えていたら、「ガウンも衣類じゃないの?」と突っ込みを入れるタイミングを逸してしまったのであった。
  1. 2006/12/16(土) 04:48:58|
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格差の何が悪い?

前回に引き続き、新聞から。本日(例によって日付は昨日13日)の日経5面に英国の上院議員のインタビューがあった。英国の景気拡大局面が15年目に入ったことを踏まえての取材だ。曰く「改革は痛みも伴うが、経済の再生にはそれが必要だと有権者が気付いていた」「サッチャー改革によって所得格差は拡大したが、それは社会問題になっていない。」「参入機会が広がったので、人々はもはや金持ちとの格差を気にしていない」。

わが国で格差社会が問題にされるようになって久しい。景気が良くなって所得が増えた人はうんと増えたけど、より多くの人の所得は減ったとか、小泉政権の景気回復策は弱者切捨てだとか・・・。

別に私は自分が勝ち組だとは到底思えないが、それでも格差のある社会は健全だと思う。今までの日本が異常だったのだ。格差のない社会とは、実績を上げても、上げなくても、得るものが同じということだ。所得という側面から見れば平等かも知れないが、貢献と報奨という観点からはこんなに不平等なことはない。これでは努力する意欲が削がれ、経済は活力を失う。

格差を認めないという考え方は「共産主義」でしかありえない。格差社会反対論者は、かつてのソビエトを理想的だと思えるのだろうか?共産主義国家が活力を失い、次々と倒れ、実態として資本主義化せざるを得なかったのは何故か、ということをもう一度考えてみる必要があると思う。

急激なカーブを描く累進課税制で高額所得者の可処分所得を削り取り、更に相続時にもがっぽり税金を取る。そうすることで、世代交代のたびに着実に格差が縮まるのが日本の税制だ。平等の名の下に努力した人から搾取するなんてことを続けていれば、財産を海外に移転しようとする資産家がますます増えるのではないだろうか?こんなことで本当に日本は国際競争力を持てるのだろうか?

格差を認めることと社会的弱者を排除することは全く同義ではない。障害者・高齢者へのケアは充分にすべきだ。また、いわゆる‘下層’にいる人が‘上層’に上るためのチャンス〜冒頭のインタビューの言葉を借りれば「参入機会」〜はあるべきだ。その基本としなる教育の機会は万人に与えられるべきだ。つまり社会保障は充実させるべきだと思う。それは「社会主義」であって「共産主義」ではない。

日本ではこの二つの概念は混同されることが多いが、それは違う。共産主義はコケたが、社会主義は成功している。北欧・英仏独などを見れば判るように、資本主義を徹底し、国際競争力を確保すると同時に、社会主義・社会保障を充実し国民を保護するというのが、低成長期の国家のあり方だと思う。共産主義に走ることは絶対に正しいとは思えない。冒頭に示した英国の先行事例は、まさしくその証左である。

私は断じて自民党支持者ではない。しかし、上記の意味からは、そういう意味では、小泉政権の作った競争社会(=資本主義の充実)と安部政権の再チャレンジ・セーフティネット(=社会保障の充実)というのは、時宜にかなった政策だと思う。逆に、この何年かで出来たわずかな格差を問題視する政治家〜そういう人に限ってそれが国民に味方することだと思っているのだが〜には、個人的に全く同意できない。

問題にすべきは、今わずかな格差ができているということ(=共産主義体制の崩壊)などではなく、老人介護に代表される社会保障が不十分で、将来その格差を乗り越える手段、参入機会を提供すべき教育(=社会主義体制の崩壊)が崩壊していることではないだろうか?特に公立学校がグズグズになっており、私立校や塾に頼らざるを得ない実情は嘆かわしい。

安部総理の『美しい国』を読んでないので、彼が目指す教育改革も、いまいち理解できていないのだが、上記のような問題意識に立ったものなんでしょうか?

コンサルティングと何の関係もないが、これは個人的に関心のあるテーマなので、また機会を改めて書きたいと思う。
  1. 2006/12/14(木) 03:06:18|
  2. そりゃ変だよ、日本
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マネーロンダリング経験者の方、教えて!!

ちょっとずつでも毎日書くっていうのは、なかなか大変なものですね。昨日4日目にして穴を空け、我ながら3日坊主になるかと思いました。ま、無理せず続けていこうと思います。

さて、本日(というか、日付は既に昨日ですが)12日の日経7面に「現金振込の本人確認規制」という記事がありました。マネーロンダリング防止に向けた世界的な規制強化の一環として、十万円を超える現金の振込みの際は身分証明書の提示が必要になるらしいです。ただしキャッシュカードを使ったATMでの振込みは身分証明書不要だそうです。キャッシュカードは作るときに本人確認するから、だそうです。このため、銀行側は振込みの利用者をATMに誘導する方針だとか。

これって意味があるんでしょうか?口座を作ったときの本人確認って、非常にいい加減だった記憶があります。また、私個人について言えば、大学入学時に作った口座を今でも使っています。その当時の身分と今の身分は当然全く違います。十ン年前、大学の学生証で本人確認したから大丈夫って、そんなこと言う銀行は本当に大丈夫?ATMを使えば容易にマネーロンダリングが出来るなら、窓口で身分証提示を求めても何ら実効性がないのでは???

マネーロンダリング経験者か、銀行の方・・・教えてください!!
  1. 2006/12/13(水) 02:06:40|
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にわかスポーツファンの是非

先ほどフジテレビのスタメンという番組で、にわかスポーツファンの是非を取り上げていた。トリノオリンピックで注目されたカーリングを例に、急激に人気が高まり、あっと言う間に冷めた様子が示されていた。他にもワールドカップのときだけ盛り上がるサッカーなどの例示しつつ、にわかファンの弊害がいくつか紹介されていた。

インタビューされた心理学者(だったか?)のコメントは興味深かった。「そのスポーツが好きなわけではない。今流行っているものが好きなだけ。そういう意味では幼稚だ」というような内容であった。

まさしくその通り。スポーツに限らず、日本人は熱しやすく冷めやすい、後には何も残らないということが多いのは気になる。そういえば、みのもんたが「寒天が体に良い」と言ったらしばらく寒天が品薄になったなんて話もあった。

しかし、スポーツをビジネスとして捉えると、話は随分違ってくる。にわかでも何でも多くの人に注目されているというのは大きなチャンスだ。営業用語で言えば、引合が急増した状態。それを成約につなげ、リピート受注し、固定客化するのはサプライヤーの責任だ。

カーリング業界・サッカー業界(そんな業界あるのか?)は果たしてそういう責任を果たしたのだろうか?「今流行っているものが好き」な状態のにわかファンの何パーセントかでも「そのスポーツが好き」な状態に変えるべく充分な努力をしたのか?旧態依然のサービス提供しかしないで、ファンが定着しないとぼやいているだけだとしたら、同情の余地はない。

ビジネスにおいて瞬間的な追い風が吹くということはままあることのように思う。消費財は特にその傾向が強いような気がする。急激に引合が増えれば、それに対応するだけであっぷあっぷしてしまうことも容易に想像できる。しかし、そういう時こそ、長期的な視点で手を打っていく必要があるようだ。

個人的な話だが、私はクラシック音楽ファンだ。自分でも演奏するし、聴く音楽もほとんどがクラシックだ。この世界でも今強い追い風が吹いている。「のだめカンタービレ」という漫画がドラマ化され、にわかクラシックファンが急増している。その何割かでも定着してくれれば、世のオーケストラの財政事情も大きく変わってくるし、市場が大きくなれば、日本の音楽家の層が厚くなり、レベルアップもするだろうと思う。しかし、音楽事務所・オーケストラの事務局・レコード会社等サプライヤー側は相変わらずだ。折角のチャンスを活かして欲しいものだが・・・。

  1. 2006/12/10(日) 23:09:51|
  2. 顧客志向/思考を考える
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独りよがりの怖さ:顧客志向・顧客思考の意味

本日長野県の朝日村に行って来ました。塩尻市の西に位置する村です。レタスなど野菜の産地と聞き及んでいますが、スキー場をはじめとする観光施設も整備されており、「外貨」獲得にも努めておられます。

さて、本日は自動車で、長野自動車道塩尻インターで降りて、塩尻市内を抜けて村に向かいました。なんとも分かりにくい!!国道19号線から村方向に曲がるところにかろうじて「あさひ」「スキー場」の文字を書いた看板がありましたが、その後15分間、案内標識らしきものは登場しません。

あらかじめ村のウェブサイトからアクセスマップを入手してあったので、それを見ながら行ったのですが、至る所に案内図にはないY字路があったりして、そのたびに「どっち?」と悩みました。せめて小さな案内板でも立てておいてくれれば、「こっちでいいの???」と悩みながら走らなくて助かるのですがね(ちなみカーナビはありません、はい)。

まがりなりにも観光客を誘致しようとする村として、これはいかがなものなのでしょうか。「国道に曲がるポイント示しておけば、あとは何となく分かるはず」「ほとんど道なりだから、標識は要らないよね」というのは地元民の発想、初めて村に向かう人間には通用しない不親切な考え方です。

そこで、不親切な案内にわずかにイラツキを覚えつつ考えたこと。我々のビジネスにおいても、顧客に対してそういう不親切をしていないでしょうか?自分の常識が顧客に通じないはずがないと思っていないでしょうか?

朝日村のスキー場に行く人は、多少地図が分かりづらくても、標識がなくても、なんとかそこに辿り着くでしょう。しかし、例えばこれがeビジネスだったらどうでしょうか?買いたい商品に辿り着くまでの道筋が分かりにくいサイトであれば、消費者は途中で諦めてしまう可能性が高い。それは巨大な機会ロスにつながります。

リアルビジネスだって同じことです。店員/営業パーソンの説明・応対が分かりにくかったり、不親切だったりすれば、顧客は何度も聞きなおすよりも、他のサプライヤーに流れる可能性が高くなります。

このような問題を回避するためには「顧客志向」しかありません。つまり、顧客の目から自社がどのように見えるのか、という考え方でビジネスを組み立てるということです。そういう意味では「顧客思考」という文字の方が適切かもしれませんね。

顧客志向」という言葉は使い古された感がありますが、自分が顧客の立場になってみれば、それを正しく実現できている企業は案外少ないようにも思います。また「顧客志向」を「顧客の奴隷になること・言いなりになること」と勘違いしている企業も少なくありません。が、そういう企業に限って、顧客に対して肝心なところで不親切であることも珍しくありません。

効率追求・慣れは「売り手都合主義」につながりやすいと感じています。同僚が社外の人と話すのに耳を傾けてみてください。顧客に理解できない専門用語を使っていませんか?それが「売り手都合主義」の芽です。真に「顧客志向」「顧客思考」ができているか、我々は常に自らを律する必要がありそうです。

・・・・と、書いて自分の会社のサイトを開けてみました。なんとまあ分かりにくい・・・。
  1. 2006/12/10(日) 01:22:15|
  2. 顧客志向/思考を考える
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勉強会をきっかけに

ずっと「ブログなんて何が楽しいの?」と思っていましたが、本日急にやってみようという気になりました。

今日、会社でえら〜いコンサルタントによる「私のやり方」という勉強会に参加しました。当社で最も多くの受注を取り、こなす人の仕事の姿勢、進め方を垣間見る良い機会でした。

彼曰く、たくさん読み、たくさん書け、と。

寄稿やら、講演やらは私もチラホラお受けするので、どちらも苦になりません。しかし、頼まれなければ、わざわざ書くことをして来なかったのもまた事実。自発的に書いてみることも、自分の頭の整理、発想の広がりのために良いかも知れないと思った次第です。

こういう仕事をしていれば日々「これはそのうちネタに使えそうだな」と思うことも少なくありません。どこかに書き留めておかないと忘れてしまうので、その備忘録も兼ねて、ブログを書くことにしました。

というわけで、これは第一義的には私自身のためのメモなので、これを読む方にさして役立つとは思いません。・・・が、良かったらコメントをお寄せください。
  1. 2006/12/09(土) 00:29:24|
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